JykK × FEDERAL | MOTO文化通信

JykK × FEDERAL | MOTO文化通信

[ENGLISH TEXT]
MOTO文化通信より
BMXの取り扱いをスタートし、今年25周年を迎える輸入代理店ジック・ジャパン。イギリスの老舗ブランドFEDERALの今と昔


原点回帰

仕事終わりにいつも通り事務所の屋上で一杯飲みながら憲さんと話していたら、BMXの昔話に火がついたのでシェアしたいと思います。
憲さんの幼少期、BMXブームという事もあり、最初に手に入れた自転車はBMX。青年時代はウインドサーフィンの選手として各地の大会に出場。家族で経営していたJykK Japanでは、最初はスノーボードを売っていたり、90年代にBMXを取り扱い始めた時はとにかく観て勉強と、毎週どこかしらでやってたBMXの全てのジャンルの大会に足を運ぶなど、根っからのスポーツ好き。国籍がドイツという事もあり、ヨーロッパの市場に注目し、ドイツ語、英語、日本語を駆使してKHEやDRAGONFLY等を日本で展開し、ヨーロッパブランドを軸にし、JykKの強みに。その頃もやはり本場アメリカは強かったそうですが、同じ英語圏であるイギリスも盛り上がってたそうで、丁度ドイツで代理店をやってたDRAGONFLYがFEDERALを紹介してくれて、取り扱いを始めたのが2000年。

2004年FEDERAL JAPAN TOURにて

その後、2004年にはCorey MartinezとSteven Hamiltonを日本に招待して行ったFEDERALジャパンツアーでは、各地を廻り多くのライダーたちを魅了したそうです。のちにBruno HoffmannやDan Laceyらが、チームに加入し、いまやブランドを引っ張る存在に。彼らが数々の映像を出し、X-Gamesなどでも自分のこだわり抜いた技の選択で勝ち続けてきた全盛期、僕はそんな姿を見て育ちました。他のライダーとは違った自分というものへの拘り、あまり大っぴらには見せないヨーロッパ風の陰に隠れたスタイリッシュさの中に垣間見える獰猛さが好きだったり。その頃見ていたのはFEDERAL Bikes – Dan Lacey & Bruno Hoffmann / Austin 2011 で、5年後の FEDERAL Bikes split series -Lacey Hoffmann を見ればなんとなくわかってもらえるかも。
余談ですが、昨年FEDERALから出たSteven Hamiltonの復刻版フレームが倉庫に大事に飾ってあるんですけど、あーサイン書いてもらったんですね、と思ってたんですけど全然違って。実はあれオークションで本人が出品してて、正攻法で競り勝ったのが憲さんなんですよね(笑)かなり競り合ったそうで、そこまで本気になるのも昔からの仲があっての事かなって。これもなんかのご縁ですかね(笑)

今を生きる新時代の申し子

氏名: 松本 翔海
ライディング歴: 4年
スポンサー: FEDERAL BIKES/ Jykk Japan / HSM FUK / quval wear
主な活動エリア: 福岡

最近、目覚ましいキッズライダーの成長具合が見て取れますけど、中でも個人的に気になっていたのが、松本 翔海(ショア)
福岡在住の11歳男の子、家の前には自家製のランプがあってトリプルトラックドライバーとかしちゃうモンスターキッズ。日々練習を重ねて得たスキルはもちろんのこと、見ていて気持ちの良いライディングやスタイルに素直にカッコよさを感じました。
幸いなのかどうなのか、まだBMX系のサポートを受けてなかったので、これはと思い、憲さんにJykKでサポートしたい!とお願いしてほぼOKをもらって、東京と福岡で距離もあるし、テレビ電話で顔合わせ。ショアが緊張した様子で正座していて三者面談風で結構面白かったな。憲さんからは「スキルはあるので後は経験だね!そして何より楽しく乗ろう」とアドバイスをもらい、近々東京で会おうと約束。その後、テレビの撮影で東京に来た時に一緒に飯食って、乗って、動画撮りあったりと僕は兄弟がいないので、弟みたいな感覚で遊ばせてもらって超楽しかったです。ショアの兄弟、両親みんな優しくて、いつも家族で楽しそうにしているのがサポートしたいと思うキッカケでもありました。
また時を同じくして、偶然にも彼に可能性を感じていたFEDERAL本国からのオファーもあり、とんとん拍子でめでたくチームライダーになりました。この先色々な誘惑があるけど負けないで乗り続けてほしいの一心で応援してます。

家族みんなで一緒にできることをしよう!と始めたBMX
今年9月に岡山で行われたBMXフリースタイル全日本選手権 / PARK MEN 10-12 クラスにて優勝を果たす。

すべての始まりは路地から

Rider Masakazu Yanaka / Photo Hikaru Funnyu

渋谷ローカルとして乗り始めたのは2013年の秋頃で、ここで語るには少し長くなりますし、まあ色々ありましたが、その頃に出会ったヒデオさんの紹介もあって去年からJykK Japanで働かせてもらってます。BMXを始めた当初から好きだったFEDERALを扱う代理店で働くなんて夢のようですね、普通に。
去年の夏、僕が主催した隠居JAMでは憲さんの協力でツアーバスを借りる事ができ、普段得られない経験をBMXを交えた形で得られ、又みんなにもそう感じてもらう事ができたかなと思ってます。JykKに入ってからですかね、折角ここまでやってきたんだし、このシーンにもっとこうして貢献していこうという強い思いになりました。
憲さんと初めて顔を合わせたのは僕が18歳くらいの時なんですけど実は、今から時は遡って13年前に既に繋がっていたっていう話で。。。
僕がちゃんとBMXに乗り出したのは高校1年からっていう区切りをつけていますが、実際僕がBMXに出会ったのは11歳の頃、恵比寿駅前の路上でフィーブルしたりマニュアルしていた人達を見てカッケー!って思い話しかけたのがキッカケでしたね。(もうしばらく東京で乗ってるけど、今だにあの時のX-UPマニュアルしてた人が誰か分からないんだよなぁ・・それ俺だって人はMotobunkaまで)
ちょっとみんなガラ悪いし怖かったけど、勇気を出してその自転車はどこで買えるんですかと尋ね、教えてもらったのが当時のアメージングスクエア内のキノウチサイクルで、貯めてたお年玉と母の助けもあり、遂にBMXを手に入れました。その頃、Simple Bikeのライダーだった田中 正二さんがオススメしてくれたことがきっかけで、Simple bikeで組まれたものだったんですよね。それがJykKで働くようになって判明して盛り上がったのは言うまでもないですが。さらに岩手コロポックルで行われた大会で顔着to救急車で運ばれた病院にて、憲さんも誰かの付き添いで同じ病院にいたっていうもんでまあ驚きですね。
そんなこんなで偶然の出会いもあって渋谷ローカルになり、JykKのヒデオさんとも仲良くなれ、高校生の時から一番好きなブランド、FEDERALのパーツやSimpleのパーツを日々出荷していると、もはやこうして働いているのが運命なのか?と思ってしまう程。奇跡や偶然のように思えるようなことも、自分が本当にやりたいことを続けていれば、きっとそれは自然に必然に。まーみんな楽しみましょーー!!
テキスト: 150S-TOWN Masa

Supported by JykK JAPAN
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https://motobunka.com/jykk-x-federal-en/