ペグです。ペギーです。
先日、オンラインで公開されたCROSSOVERの自分のパートについて。
本当は多くを語らずに終わらせたかったのですが、やはり少しだけ言いたくなってしまいました。
表題のようにカッコよく沈黙、とはいきませんね。
CROSSOVERは全16パート、出演ライダーは98名。
このプロジェクトは、最初から何かを計画して始まったものではありません。誰のパートを作る、という決まりもなく、生活の中や旅の中で、ただ無我夢中に「撮りたい人」「撮れる人」を撮り続けてきただけです。
5年分の映像を振り返ってみると、ひとつ面白い共通点があることに気がつきました。
結果としてパートを持ったライダーたちには、ある特徴があったということです。
狙ってやったわけではないので、正確に言うなら「5年撮り続けた結果、それを持っている人がパートを残した」と言った方が正しいかもしれません。
簡単にいうと、パートを持っているライダーは、それぞれが何かしら強く執着している「なにか」を持っています。
ただひたすらにBMXが好き、論理的に組み立てたスタイルを貫く、逆に気持ちよさだけを追い続ける。
内容は人それぞれですが、揺るがない思想やブレない基準、他人に譲れない「なにか」を持っている人が、結果としてパートを持ったのだと感じています。
もちろん、98名もいれば、時間や距離といった現実的な制限もあります。もっと撮りたかった人、もっとクリップを残せた可能性があった人もいます。それでも、最終的にパートとして残った人たちには、はっきりとした特徴があった。そこには確実に相互関係があった、という話です。
自分のパートについて言えば、
「街で乗ることに、意味を持たせられるか」
ということをひとつのテーマにしています。
これは自分のライディングスタイルに直結している考え方です。
正直、ただの理由づけに近い自論なので、あまり気にしなくてもいい話なのですが、自分は、何かしらのきっかけや意味を作らないと街で何もできない性格です。なので、いかに不自然にならず街で乗るか、という、自分にしか理解されないコンセプトを常に考えています。(性格がひねくれているので、少し極端ですが)
パートの中には複雑なクリップもあれば、直線的で単純なものもあります。
しかし、街の地形や対象物を組み合わせて使うことで「乗る理由」を作る、という点は一貫しています。
このパートでは、得意なマニュアルをあえて封印しました。自分の中ではマニュアルは、理由を持たなくても簡単に使えてしまうぶん、使うキッカケが見当たらなかったからです。
ただ最後のカットだけマニュアルをあえてしていますが、そこにはちゃんと使った理由があります。この映像を作る過程で、結果的にいちばん最後に撮ったクリップでもあります。
これについては話が長くなるので、気になる人は直接聞いてください。笑
こうして考えると、この「なにか」を持っているという話は、CROSSOVERに限ったことではないと思います。
世の中のビデオパートを作ってきた人たちは、多かれ少なかれ、同じようなものを持っているはずです。その「なにか」を表現する手段として、ビデオパートを作るという結果になるだけで、そもそもそれがなければ、きっと作ろうとも思わない。
だからなんだ、という話ですが、ビデオパートを作る際に、自分の中の「なにか」が何なのかを再認識し、再構築することで、パートのクオリティは驚くほど変わることがあります。
そんなものを、もっと見てみたい。
そういう、ただのおじさんの欲求があったので、書いてみました。
あなたの「なにか」は、なんですか?

